スポーツ

2014年10月20日 (月)

負けから学ぶ事~143~

一部の子供以外は元に戻ってしまった柔道部です。

と思ったのですが、子供達に変化がありました。


試合になると来なくなるHを強化すると、子供達が率先して彼を中心にした特別メニューを作り、自分の練習も削りながらもやり始めたのです。

Hの投げにアドバイスをする子供達をみて、これからを期待しました。

ただ残念ながら、試合になると来なくなる事はやはり無くなりませんでした。
女子も来ない子、怪我を理由で見学する子、やろうと思った子も徐々にやる気をなくしてしまいました。

良き予兆があったのに、そうはなりませんでした。

2014年3月 3日 (月)

負けから学ぶこと~141~

夏休みを終えた後に市の柔道大会があった。
市といえども県内上位校も多数出場しているし、市外からも強豪校が参加しているような大会だった。

試合の機会に恵まれない子供達だったので、これは良い機会だと思った。


当日に皆が集合し、一人来ていない子供がいる事に気がついた。
大将のHだった。


気が優しく太めの子供。
母子家庭で母親が夜勤の仕事をしている。
どちらに電話してもどちらも繋がらなかった。
後日母親に電話が繋がり、大会がある事を知らなかったという事を伝えれた。
結局はサボりという事だと分かった。

仕方がないので、2年生のKを出すことにした。


男子団体戦予選リーグ戦は3-2ときわどい内容ばかりだったが、予選リーグを突破したのだ。勝てなかった柔道部が初めて団体戦で決勝リーグに行くことができた。

対戦相手のコーチからも「失礼な事を言って申し訳ないが、まさか負けるとは思っていなかった」という言葉も頂戴した。

それだけの柔道部だったからだ。

この事で子供達にも大きな自信にもなったし、負けしか知らない保護者達が大いに盛り上がった。

「何でですか?」という聞く保護者もいたくらいだ。


決勝トーナメント戦では長男が勝っただけで、他は負けと引き分けで敗退したが、この経験は大きな意味合いがあったと思っている。

2014年2月27日 (木)

負けから学ぶこと~140~

昨年の夏休みのことだろうか、唯一の1年生女子部員が辞め、1年生男子は1名となった。
原因は2年生との衝突で、些細な事からのようだったが、入部動機も柔道というものではなく、小学校から親しい2年生を追ってのもので、練習の不真面目さを咎めた2年生も悪いのだろうが、これまでの行動を見ているとこの1年生もどうなんだろうって思った。

部活動をするにあたって子供達はどのように決めるのだろう?


スポ少でやってきたから?、かっこいいから?TVで見ておもしろそうだと思ったから?
友達が誘ったから?親がやっていたスポーツだったから?勧められたから?
柔道だったら体型ってこともあるだろう。


私の場合は父親がやっていた事がきっかけであるのだが、元々は野球をやろうかと思っていたのだ。柔道を始めた動機としては適当なものなのだが、負けず嫌いが幸いしてか、この歳まで続けてきた。


結局はやり始め等は様々な考えや環境、経験からの入部になるのだ。
そしていろんな考えを持ったこの子供達は、出会ったこの環境が将来の道標となるのだ。
もちろんそれだとは断言できないが、大きな要因はあるのだと思う。


私の部活動入部当時は先輩がいなかった。
父親の指導から新人戦でいきなり2位になり、そこかだらしない部活になってしまった。
それが嫌で部長と一緒にやってきたが、結局は2人では勝てないと悟り、私は強い高校に進学し、部長は地元高校で柔道を続けた。そして他の部員は全員辞めてしまった。


同じ地区で東北大会まで出場した中学はというと、これもまた不思議で、自慢できるほどの成績を取ったあのメンバーで柔道を高校に行ってやったのは3人しかいない。実はこの中学は負ければビンタをされるような柔道部であった。指導者ばかりではなく親からもだ。


成績もさほど取れなかった私の中学。
東北大会にも行けた程の中学。


結果としては両方とも指導は失敗だと考えている。


私自身が指導者になり、中学を卒業し高校で柔道を続けたのはほんの一握りである。
結果を残した生徒、そして結果こそ残していないものの、私が言い続けた事を実践してくれた生徒だけである。

でも私はこれを駄目な失敗だとは考えていない。
厳しく接してきたからこそのものもあるだろうと考えているし、少なくとも帰宅部だった柔道部を大きく変えたのだから。


叩かれることもあったし、心が折れそうなこともあった。
でもこの子供達がと思うからこそ、私を動かし続けた原動なのかもしれない。


でもいつも思うのが、環境があるのに何故柔道を続けなかったのだろう?ということだ。
環境が無い高校では仕方ないのだが、柔道部がある高校で何故続けなかったのかと思うことがしばしばある。


私も現役の時はあったので、これらの気持ちは重々知っているつもりだ。
でも成績を取らなくてはという気持ちと、厳しくしてしまったらという気持ちが交差しながらやり続けている。


話は元に戻るが、いろいろな考えで入部した子供達に、いかに柔道はということを伝えていくためには、これからも変化しながらやり続けなくてはならないのだろうと思い、今もそこを考えて指導を続けている。




2014年2月19日 (水)

負けから学ぶこと~139~

我が母校でコーチを6年勤めたが訳があり2年前に籍を外した。そして昨年に私が学生の頃から汗を流してきた道場を去る事にした。

今もいろいろな方から声をかけて頂きありがたく思っているのだが、仕事の事、今指導している中学、道場の子供達に指導しているのでなかなか行けないでいる。


これまで触れ合ってきた子供達も気になるのだが、風の便りで活躍を聞き喜んでいるような環境になっている。


私が道場を去ってから1年が経った。
そして最後の教え子と思っている子供達がこの春中学を卒業する。


私と触れ合ってきたたった1年間の部活動生活の中で、厳しさを沢山経験したと思う。
嫌な事も沢山あったのだろうと思う。
だけどたった2人だけと言っていい環境で、よくここまで頑張ったと褒めてあげたい。


この子供達が高校に進学し、何を目指すかは分からないが、ここで養ったものは活かされる事だろう。


まだ受験もあり卒業式も1カ月先ですが、私が今努める部で今週末に3年生を送る会があるので、たぶんこの時期に母校柔道部でもやっているのではないかと思い、この場をお借りして生徒、保護者の方々に感謝とお祝いの意を申し上げます。

2014年1月25日 (土)

負けから学ぶこと~138~

それなりの志を持った子供達と全く無関心な子供達、その中間にいる子供達もいた。
私はいつものように部活を休まない、また道場に通うように言い続けたし、この段階では区別なく指導を続けたつもりだった。

時が経つと中間にいた子供の中にも修得によって興味も出てきたようで、部活動としては良い方向に向かいつつあった。

ある程度の部活動で良いというならばこれで良いだろう。
しかし志ある子供達を見捨てる訳にはいかない。

先に書くが柔道は一人ではできない。
だから他の子供達も巻き込むしかないのだ。


勝手にと思う人もいるかもしれないが、部活動も教育の一環だ。
勉強だけ一生懸命すればよいなんていう人がいたら、考えを改めなければならない。
身体の育成ばかりではなく、人との付き合い方を学ぶ場でもあるからだ。


私は部活動のあり方の一つとしてこのように考えている。


同じ方向に子供達が向かった時、大人の想像を遥に超えてしまうことがある。
私はこの事を経験している指導者でもあったので、どうしても子供達に望んでしまう。


子供達に声をかけながら、兎に角子供達に目標を持って挑んでもらいたいと実行に移した。

2013年12月18日 (水)

負けから学ぶこと~137~

小学生の時から道場に通う子供達はそれなりの基礎は身に付いているものの、それ以外の子供はまともに受け身が出来ないから、基礎体力をつけるためのトレーニング、また基本練習の他、道場に通う事を強く求めた。

返事はいいものの、その子供らは道場に通う事は無かった。


そうだろう、今までそんな感じの練習しかしていないのだから、わざわざ大変な思いなどしたくはないのだ。

私の言葉にも適当に答えていればいいのだからという気持ちもあったのだろう。


そんな環境の中ではあったものの、まずは理解の深い部長を巻き込み、いろんな事を始めた。

最初に始めたのが有名な温泉街のある山まで走る事だった。


随分長い距離ではないが、キツイ勾配の坂を志のある仲間達で走り、時には腕立て伏せをさせたりして目標地点まで到着した。


帰りに温泉で汗を流しながら会話を交わし、柔道に対する考えを少し理解してもらえたような気がした。


その後も部長と息子の二人を山に捨て、7kmの道のりを走らせた事もあった。


少なからずこの段階で息子を含めた3名が目標を持つ事ができたことは、大きな前進だったと思った瞬間だった。

2013年11月15日 (金)

負けから学ぶこと~136~

中体連も近く、3年生は混乱を避けるために基本的なものを指摘しただけで、1~2年生中心の指導となった。

受け身や基礎体力の向上というのがメインとなったが、とにかく今できる事から始めるしかなかった。

中体連の結果も長男が地区3位という成績を残しただけで、皆が散々たる成績で中体連を終えた。

これからと思いつつこれまでの経験を活かし、まずは子供を説得し、そして親の説得に当たる事にした。


親子共に返答は良いものの、まさかこれから苦難の道を強いられるとは、この段階では予想もつかなかった。



つづく

2013年11月 5日 (火)

負けから学ぶこと~135~

長男の部活動を目の当たりにして、ある光景を思い出した。
それは今から8年前の私の母校で初めてコーチをした時と殆ど同じだった。

唯一違うとすれば、男子の中に長男も含め小学生から道場に通う子供が3名いた事だけだった。

殆ど練習が出来ていないというのは、受け身の全くできない子供が沢山いた事で容易に察する事が出来た。


まず私がこの子供達に意識付けから始めなければならないと考えた。
そして男子生徒達を集め、我が母校と同じように説明をし、渋々ながら実践することの承認をもらった。

そうしたらだ。その日の夕方過ぎに一本の電話が鳴った。
部員の母親からの抗議の電話だった。


お願いもするけど口も出す。
随分都合の良い話だ。


同じ方向を見て一枚岩であるからこそ、共に切磋琢磨しあえるのに。


これからは子供達との我慢比べだと考えている時に、まさかお願いしてきた母親から出だしを挫かれるとは思ってもいなかった。


結局はこの段階では顧問の意見を優先し、私の意見はお流れになった。


私が中学校の部活動で経験した苦い思い出を、長男には経験させたくなく、改めて部をまとめる方法を考えはじめた。


つづく

2013年10月20日 (日)

負けから学ぶこと~134~

新年度を迎える前に顧問が晴れて転勤先で教頭となるため、保護者会で送別会を行った。
酒を飲みながら顧問のいろいろな体験から、またこの学校での心の変化も話してくれた。

やはり保身もあったのだろう。一枚岩の部活動をやってきた環境をこの学校に来てから辞めて、やりたい者、やりたくない者を分け、不足しているところは高校での活動も許したという位だから、チャンピョンを目指す環境には程遠くなっていただろうと思う。ただこのような環境でも、個人では全中にも出すくらいなので、指導の先輩に失礼な事を書いてしまうが、やはり名将の片鱗は残されていたのだと思う。


さてその顧問が宴から離れてから、これからの指導は誰がという話になった。
新任の先生方に柔道経験者や顧問経験者がいないという事がこの時点で分かっており、私に指導をお願いしたいと保護者会から話がでた。


条件というか、私はこのような考えの指導者だという事を伝え、顔を引き攣る保護者もいたのだが、それでもという事で快く引き受けた。

ただ新顧問にそれを伝えるのを遅れてしまった保護者会から、今年度の専任コーチにはなれなかったと報告を受けたが、保護者承認のもと部活動の指導を行う事になった。


これが私が長男が所属する部でコーチとして始まったきっかけだ。


初めて部活動に顔を出し、部活動の現状を確認からさせてもらった。
{あ~やはりな~~}というのが最初の感想である。


3年生2名、2年生8名、1年生2名をこれからどうして行こうか?と考えながら、部活動に通う事から始めた。

2013年10月 7日 (月)

負けから学ぶこと~133~

顧問は聞くところによれば国体にも出場したこともあり、監督として10回近く団体で全国大会へ導いた名将だということだった。


現在は教頭として一線からは身を引いておられるのだが、長男が入学した時には既に教務主任としての立場にあった。


長男に部活動の事を聞くと、顧問が来ることは少なく、来ても途中からというのがというのが殆どだったらしい。

忙しいのだからこんなもんだろうと思っていたのだが、3年生が引退し長男が「部活が面白くない」と愚痴をこぼした時に、この部活動の実態を知る事になった。

部活動に制限がかなり掛かっていたのだ。
顧問がいない時は柔道をせずにトレーニングがメインになり、または寝技だけのものになっていた。


学校自体がそのような体質であるし、顧問は翌年に教頭になるのだから、立場的に保身に走るのはしょうがないとは思うが、未経験者ではあるものの副顧問がその場にいても、柔道の練習はできない環境には、疑問をぬぐう事はできなかった。


それに合わせ唯一柔道の練習であった寝技だが、保護者の中から「顧問がいない時の絞め技はいかがなものか?」と抗議があったらしく、絞めも寝技の中から禁止となった。


こんな環境だから長男が愚痴をこぼすのはしょうがないと思い、部活動に集中させるために休止していた道場稽古にも、それ以降から長男が帰宅するまで待ち、遅れてでも道場に連れていくことにした。


長男の不満をぬぐう事は出来なかったのだが、柔道に絶望するのは何とか回避することはできた。


この年の夏に我が母校であり、そして6年間指導をしてきた中学の専任コーチを辞職し、少しだけ長男に目を向けてやることができるようになった。


私が中学の時に思った事・・・・・


随分前になるが、私が中学生の時に味わった部活動。


この思いを長男にはさせたくないという気持ちが、腰を上げたきっかけなのかもしれない。


ただこの環境を変えたくても、フル参加できない顧問、いるだけの副顧問、全く指導に来ない専任コーチという環境では、一保護者の私にはどうにもできず、長男が2年生になるまで見ているしかなかった。

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